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長瀬八幡宮の歴史

 当社は康平6年(1063年)の創立と伝え、古代より長瀬七郷と長谷部郷の総社とされている。

社殿創建は、天喜8年(1056年)源頼朝の阿部氏討伐の途次、洪水の矢作川を神護による鹿群の案内で渡河し、帰郷に際して社祠を造立し『守越(森越)』の村名が生まれたとされる。

 鎌倉時代より、源氏、北条氏、足利氏の崇敬と膳米寄進や社殿造営があり、吉良義経、板倉氏、杉坂氏などの武士が屋敷を構えた。文明8年(1476年)松平四代 親忠が社殿を改造した。

 徳川家康(松平元康)は永禄3年(1560年)桶狭間の戦い退却の節、当社の森から現れた鹿の導きにより矢作川を渡り大樹寺に辿り着いた言い伝えがある。そのお礼として『神代小町絵巻』を奉納したとされている。(当社社務所に絵巻のレプリカが展示されています)   

                      令和5度 長瀬八幡宮氏子会顧問 鳥居 孝佳

大樹寺より移築した表門

明治6年(1873年)大樹寺より移築

本殿

当社の祭神は

・応神天皇(譽田別尊)

・息長足姫命(神功皇后)

 が祀られいる

森越弁財天

当社境内には森越弁財天をはじめ

7つの末社があり、森越町の繁栄を

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